学長対談メイン.png

学長対談プロフィール.png

【 特任教授 長谷川 修一?(はせがわ しゅういち)
島根県松江市出身。東京大学理学系研究科修了。博士(理学)。四国電力?四国総合研究所研究員を経て、2000年4月香川大学工学部助教授、2002年4月より同教授、2018年4月より創造工学部教授、2021年4月より現職(地質工学、地盤災害、地域防災、ジオパークの研究に取り組む)。専門は応用地質学。


日本初!県丸ごとのジオパークを目指す


上田
香川大の調査船で、東かがわ市にある絹島の裏側にやってきました。もう何十年と陸側から絹島のことを見ていますが、見慣れた様子とはまったく異なっていて驚いています。陸側から見るとよくある普通の島なのに、裏側は見上げるほどの断崖絶壁!しかも人間が石垣を丹念に積んだかのような縞模様が広がっていて、大変美しいです。
長谷川 これは人が手を加えたわけではなく、自然の力でできたものです。地質学の視点で見ると<柱状節理>と呼ばれるもので、地下から流れ出た熱いマグマが冷えて固まるときに、岩石の体積が収縮してできた角柱状の割れ目です。断面は六角形のことが多いのですが、絹島は四角が多い。きっとマグマの粘りが理想的ではなく、綺麗な六角形にならなかったのでしょう。それで石垣のように見えています。大変珍しい景観なので、国の天然記念物にも指定されています。


4コマ(絹島).png



上田 ここはいわゆる、<ジオサイト>のひとつですよね?
長谷川 そうです。地球の活動を物語る地質や地形、歴史、文化などが見られる場所をジオサイトと呼びます。県内では、高松市の屋島や丸亀市の飯野山(通称?讃岐富士)もそれにあたりますね。
上田 私は大阪府出身なので、飯野山を初めて見た時は感動しました。昔話に出てくるような、おむすび型の山が実在するなんてと。あれはどうやってできたのでしょうか?
長谷川 あの特徴的な形は、1400万年前の瀬戸内火山活動によってできました。飯野山の中心部には、地下のマグマが地表に出る通路で冷えて固まった硬い安山岩が鉛筆の芯のように残っています。その周囲は安山岩よりもやわらかい花崗岩でできていて、安山岩と花崗岩が山崩れで徐々に削られたことで円すい形になりました。
上田 同じような形をした島が、瀬戸内海にいくつも浮かんでいますよね。それらも同じ活動でできたのですか?
長谷川 そのとおりです。氷河時代が終わる時に南極や北極に近い大陸の氷床が溶けて海面が100mぐらい上がったのですが、そのときに水没しなかったのが瀬戸内海に浮かぶ島々です。
上田 なるほど。大阪から高速道路で高松に帰ってくると屋島が見えますが、あの台形もかなり特徴的ですよね。あれは、どうしてあのような形に?
長谷川 できた経緯は、飯野山と似ています。あの地形はメサと呼ばれ、約1400万年前の火山活動で噴出した溶岩を覆った後に削られて、屋根のような形の大地になったのです。このように香川には、特徴的な景観をもった場所がたくさんあるので、ジオパーク(大地の公園)に認定してもらう活動を進めています。ジオパークというのはユネスコが推進している世界的な事業で、地質学的に重要な場所や景観が残っている特定の地域をジオパークに指定し、それらを保全しながら、地域の持続的な発展に活用しようという取り組みです。
上田 香川は、ほかの都道府県に比べてジオサイトの数が多いのですか?
長谷川 多い少ないは一概に言えませんが、山奥ではなく里山?里海といった身近なところにあり目立つためそのように感じます。瀬戸内海、讃岐平野、讃岐山脈が一体となって香川らしさを形成しているので、日本初の、県丸ごとのジオパーク認定を目指しています。

解説写真.png

先人の物語を知り、ふるさとに誇りをもつ

上田 どうして、ジオサイトを大切にすべきなのでしょうか?
長谷川 大地の記憶を読み解いて過去から学び、それを未来に活かすためです。地層には、地震や津波といった過去の災害のこと、大昔の地球環境のことなど、これまでの地球の活動が記録されています。つまり、私たちがこれから直面する問題にどう対処すれば良いのかのヒントが隠されているんです。
上田 なるほど。長谷川先生のご専門でもある〈防災〉にも役立つわけですね。
長谷川 小豆島の人気観光地であるオリーブ公園。あそこは、1976年の大規模な土石流災害で大打撃を受けたのを、逆転の発想で観光地に作り変えた場所です。ジオの視点で土地を読み解けば、先人たちが災害をどう克服してきたのかもわかります。
上田 自分が住んでいる場所にどのようなストーリーがあるのかを理解すると、地域に対する愛着がわいてきますね。
長谷川 まさに!土地には必ず、先人の物語があります。それを知ると、先人に対する感謝、そして「この土地に生まれてよかった」という誇りが生まれます。だから私が地域について説明するときは、大地のなりたち(ジオ)に気候?生態系(エコ)と文化?歴史(ヒト)を絡めて、ストーリー仕立てにして語ることを大切にしています。たとえば、なぜ香川で讃岐うどんが文化になったのか。香川は地形の問題で米が作りづらかったので、裏作で小麦を作るようになりました。また、瀬戸内海の特性が大きく関係して、良質な塩、醤油、イリコが手に入るようになりました。つまり香川ならではの大地の動きをうまく組み合わせたものが、讃岐うどんなのです。

4コマ(うどん県).png


上田 恵まれた環境があったから讃岐うどんができたわけではなく、むしろ悪条件を逆手に取ってできたと。さまざまな苦労を重ねたうえで生まれた食だと捉えると、一層愛着がわきます。こうやって香川に愛着をもつ若者が増えれば、将来の香川を支えてくれる人が増えることにも繋がりそうですね。
長谷川 実はそれこそが、我々がジオパーク構想を掲げる理由のひとつです。能登半島地震が起こったときに、関係人口の重要性がたびたび叫ばれました。関係人口というのは、ふるさとやご縁のある所が大変なことになったときに手を差し伸べてくれる人たちのこと。南海トラフ地震が起こったときに助けに来てくれる人口をいかに増やせるか、それもジオパークに課せられる使命だと思っています。香川出身の人はもちろん、上田学長や私のように県外出身の人にも、香川を<第2のふるさと>だと思ってもらいたい。そのためにもジオの視点から香川の魅力を発信する活動を続け、地域に貢献したいです。

タイトルなし-2.png

ジオの視点は人生を豊かにする

長谷川 特徴的な景観があるだけでは、ジオパークに認められません。ジオサイトを大切にし、その価値を学術的に整理してわかりやすく伝える。そして、それを使って教育や防災?減災活動、持続可能な経済活動などが行われている状態になって初めて認定されます。
上田 地域の価値は、人の研究によって明らかになるもの。つまりジオパーク認定のためには、基礎となる教育が重要であると考えます。香川大では、ジオに触れられる授業が用意されていますね。
長谷川 すべての学部の一年生が受けられる立博体育_立博app-官网科目のなかに〈大学的香川ガイド〉という入門的な講義があります。学生からは「そんな視点で香川を見たことはなかった」「非常に新鮮だった」と好評ですよ。また学部の枠を超えて主体的に学習する自由参加型の特別教育プログラムのなかに<防災士養成プログラム>が用意されています。
講義風景.png
上田 総合大学である強みを活かし、近年では文系の先生たちも、自分の専門的な知識を絡めながらジオの価値をアピールしてくれていますね。
長谷川 都市計画を専門にされている経済学部の西成教授は、海城町として栄えた高松の地形?歴史をまちづくりの観点から紐解く本を出版されました。また同じく経済学部の原直行教授は、観光の観点から香川のジオ資源の活用方法を社会人向けのリカレント講座のなかで実施。異なる分野の視点が合わさることで、新たな知見?価値が次々と誕生しています。
上田 つまりジオの視点をもっていれば、ほかの分野の学問を深く研究するきっかけにもなりうるということ。学生たちにはぜひ、ジオの視点を身に付けてもらいたいです。
長谷川 地域を知る=限られた狭い範囲のことだけを知るというイメージを持たれがちですが、私は地域を極めれば、世界に通用すると思っています。なぜならば、たとえ場所が変わっても、その土地のストーリーを知り、文化や景観の違いこそが<その地域らしさ>を作り出しているとわかれば、世界中どこに行っても発見があるはずだから。地域の持続的な発展に貢献するためだけではなく、自分の人生を豊かにするためにも、ぜひ一度ジオの世界を覗いてみてほしいです。

ジオグルメ図説 (幅700).png

4コマ(タコ).png

学生にインタビュー!
高校生で受けた授業 ブラ☆きなし が香川大進学のきっかけに
私は高校生の時に長谷川先生の講義「ブラ☆きなし」を受けました。母校の高松西高校がある鬼無町は「桃太郎の聖地」や「日本一の盆栽の町」として有名ですが、なぜそうなったのかを地形や気候tの関連性から読み解きました。この「ブラ☆きなし」をきっかけに地形から災害を予測するという視点に興味を持ち、香川大への進学を決めました。香川にはサヌカイトをはじめとした岩石やため池など、面白いジオがたくさんあります。これからもジオについて学び、お気に入りスポットを見つけたいと思います。
(創造工学部 創造工学科 防災危機管理コース2年 滝野 由佳梨)


ブラ鬼無2.JPG